落っこちそうな時ほど自分の奇跡体験に想いを馳せてみる✨

並んで咲くお花

こんにちは。

三女・4歳誕生日のカウントダウンが始まっている毎日に、ドキドキしているかよちゃんです😊

このところ体調がイマイチで、そうなるとやっぱり精神的にも下がってきますね。そんな時、皆さんはどう対処していますか?

私もあれこれ思いつきますが、たまにはリストに掲げてみたいと思います。

一般的なものでパッと思いつくものといえば・・・

下降気味な時の上げ方リスト

  • 「ヘイジュード」を聴いてポールに励ましてもらう
  • 美味しいものを食べて元気を出す
  • 世の中の美しいものを見て元気を出す
  • ぼーっと大好きな映画やドラマを観る
  • 本を読む
  • スポーツやヨガ、ウオーキングなどで身体を動かす
  • 人と会う・話を聞いてもらう
  • 人の頑張る様子を見て励まされる
  • どこまでもその感覚を味わう

こんなところでしょうか。

少し前までなんだか人から相談を受けることが多く、そういうタイミングの時なんだなあと思っていたのですが、今度は自分がその立場に。

こうやって人の感情や状況は巡っているのだなあと感じています。

まあ私の場合は体調による落ち込みなので、人に相談するものは何もないんですけどね。なのでこうなってくると、どこまでも身体のケアが必要になってきます。

そう上記のリストに無いんですよ。私がいつも最も後回しにしてしまう”身体のケア”。つまりは”休むこと”です。

おかしいと思いませんか

体調不良だって言ってるのに、リストに”休む”って項目が真っ先に出てこないって。

どこまで現代人なんだ・・・😅

でもこれって意外と陥りやすいことかもしれません。

つまり私欲張りなんですよ。「休まなければ」と分かっていてもでもその時間が惜しい。

「あれもやりたい」「これもやっとかないと」とつい思ってしまう。

でも身体はその時に必要な分の休息を求めるサインを送り続けますので、だんだんと酷くなっていって、結果”有無を言わさず休ませられる状態”になって初めて休むことになります。

よくないですねー

焦っちゃうんです。じっとしている間に何かが「するっと」行ってしまうような感覚。それを待っていられない。

 

時間の概念

せっかちな私の”焦り”とセットでついてくるのが自分の”時間”の概念です。

要は”時間”なんじゃないか?

なんて考えたりもしています。自分の時間の概念に不安要素がある。

時間を把握できていない感覚から焦りが出てきている。

私昔から何かに集中すると文字通り”あっという間”に時間が過ぎて、「えっもうこんな時間?!」って本気でびっくりしちゃう時があるんです。それも頻繁に。

自分が考えているよりも3倍増しくらいの勢いで時間が流れてる感覚です。早いんです。

なので時間ともう少しうまく付き合えるようになるといいのかもしれません。

よく「時間に追われるな、コントロールしろ」とか言いますね。

その辺りは同じ家の中に時間のエキスパート・サッシがいるので少しコツを教わってやってみようかなー

1日を24時間で区切って細かいスケジュール決めたりしてますからね、彼。

私とは完全に真逆の世界です・・・(笑)

でもそういうコンピューターみたいなの、きっと向いてないんですよね私には。

ちょこっと想像しただけで頭からケムリが出てきそうですw

だから自分にできそうなところから自分とサッシの方法のうまいこと融合したあたりを探っていきたいな

 

あれこれって同じ

とここまでつらつらと書き続けてふと思いましたが、これって人間関係や会社運営と同じですね。

自分の苦手なこと、得意なことを持ち寄って、その”共通点”や”着地点”を探し、その中から”解決方法”を探っていく。

1番お互いに納得できる所・最善の方法を探す

夫婦を始め、すべての人間関係は他人と他人との関わりですからね。その他人同士の小さな共通点・納得できる妥協点・これならできると思える解決策などを常に探し続けること。その繰り返しかもしれません。

先日次女が面白いこと言っていたんです。

「えっお母さんとお父さんって血が繋がってないの?!」

って(笑)

なんでも次女の見立てでは「精子と卵子が受精した時に(次女の言葉のままですw)、ふたりの血が繋がるんだと思ってた!」そうで。

いやいやはっきりと”他人”ですよ。

って言ったら何故か次女はショック受けてましたけど(笑)

そう夫婦って”一番近い他人”なんですよね。毎日目の前にいて、それなのに育ってきた環境も考え方も何もかもが全く違う。それぞれの人生が一瞬交差して、結婚することになり、今一緒にいるというだけで。

今だってその人生が完全に交わりあうことはなく、やっぱりお互いの人生が交差する瞬間瞬間をいつも繰り返している。

それを次女のようにどこか寂しく感じる人もいるかもしれませんが、私はそれって「ものすごく面白い!」って思います。

全くの他人同士が一瞬の交差を繰り返して一緒にいるんですよー

その交差している一瞬って超貴重なタイミングじゃないですか。その「超貴重な瞬間にじゃあ何をするか」って考えるとなんかワクワクしませんか?

あれ?私だけ?(笑)

その一瞬の交差のひと時を共有できる、これこそが”ご縁”ってやつですよね

そんな”ご縁”を夫だけでなく今まで自分の親から始まり、様々な関わりを通してたくさんの人たちと交わして、今の自分が存在している。

逆に言えばそのどれか一つが欠けても今の自分は存在しないのです。

これってある意味”奇跡”のようです。

全ての一瞬の積み重ねが奇跡のような自分の命をつくりあげている。

こんなしあわせなことってあるだろうか・・・

またそれは物理的な関わりだけでなく思考の上でも一瞬の交差を繰り返していたりして、今この瞬間も、私が誰かをちらりと想うように、誰かが私を想ってくれていたりするかもしれない。

そう思うとドキドキしませんか?

今の時代は連絡を取ろうと思うと一瞬で直接取れてしまいますけどね。そんな事が気軽にできなかった時代には、時空間を超えた意識のコミュニケーションも結構取れていたんじゃないかなあ・・・それほど人が人を想う気持ちって強いものです。

なんてことに想いを馳せるていると・・・身体はヒーコラ言ってますが、心は考え方一つでグイグイ上がっていきますね。

以前読んだ本で主人公がマチュピチュに出向き、そこで運命的な出来事が起こり、人生がガラリと変わる体験をするのですが、夫も数年前に行っていることを思い出して彼に聞いてみたんです。

「ねえ、マチュピチュ行った時、何か”奇跡”起こった?」ってw

そうしたら彼、超サラリと

え?なんも」って(笑)。

しかしその理由がすごい。

だって毎日が奇跡だらけだよ。奇跡で溢れてるのに、そんな”どこかに行かなきゃ奇跡体験できない”って考えの方が変じゃない?」

・・・・・・。

この人悟ってない?

いつの間に!w

「毎日生かされていること自体がもはや奇跡なんだ」って視点を持てたら、そりゃマチュピチュ行かなくても奇跡体験できるよね。

いやーこんなブッダみたいな人と一瞬の交差を繰り返す暮らしができている私って、本当それこそ奇跡だわー😆

あ、すいません。ついのろけてしまいました。のろけになっているのかわかりませんがw

 

まとめ

自分が身体も心も落ち込んでいる時って、結構周りが見えません。

どこまでもどこまでも小さな視点に執着し続けてしまいがちです。

でもそのどこまでも突き進む道筋を”自分が生きているその奇跡”に設定し、どこまでも追求していくと、自分が生かされている大きな流れ=奇跡にふとたどり着くかもしれません。

最近見かけた本でこんなお話がありました。宇宙の真理についての会話の中の一節です。

「奇跡なんて簡単に起こせるよ」

「”ありがとう”を5万回言えばいいんだ」

それを聞いた主人公が「え・・・😑そんな誰でもできるようなことで?」と思わず言うのですが

「できないだろー」

「誰でも出来るならみんな誰もがやってるだろ?でも誰もやってない」

「だから奇跡なんじゃないか」

そこで主人公は「はっ」として実際にやってみるんですけどね。

その結果、本当に奇跡起こしちゃうんです。

私これとてもいい方法だと思います。

落ち込んでいる間、どうせ同じ時間を過ごすなら、グダグダ言ってないで「ありがとう」5万回言って奇跡起こした方がいいじゃん

ってね♡(笑)

どんな一瞬を積み重ねていくかは、結局自分次第。

どんな現実だって、自分次第で作っていけるんですよね。

さて、上記の”上げ方リスト”に

  • どこまでも自分の存在を追求し奇跡を実感する
  • 悩んでる暇があったら「ありがとう」を5万回言う

を足したら。

私もお風呂で温まってとっとと寝室へ行き、今度こそ身体を休めようと思いますw

その間、何回「ありがとう」言えるかなー♪

では皆様も楽しい夜をお過ごしください😊かよちゃんでした♡

 

 

 

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